3年勤めたヤフー株式会社を退職しました(Yahoo!ニュース編集→クリエイター支援事業立ち上げ)
2016年4月に新卒入社したヤフーを退職しました。4月はお休みをいただき、GW明けからまた新しいところで働きます。
2年半はYahoo!ニュースの編集者として、最後の半年間は新規事業の立ち上げ~運用構築をがんばるビジネス寄りの立場で働いておりました。ちょうど3年での退職ですが、短いようでとても長かったなあと感じます。
3年間を一言で言えば、「筋トレ」でした。地味だけど、後々効いてくる力をつけられた気がします。
ヤフーで数%しかいない、“編集者”に求められるもの
毎年数百人いる新卒の中で、編集職の採用はだいたい2~3人です。私の代は1人(つまり私だけ)でした。
ヤフーにおいて編集者はかなりの希少種で、全体の数%しかいません。その編集者のほとんどが中途入社なので、毎年数人しかいない新卒の育成にはかなり慎重です。試行錯誤を続けている、といってもいいと思います。
眠たい新卒研修を経てYahoo!ニュースに配属されたのは、熊本地震が発生した翌日でした。新卒なんかに構ってる場合じゃない……なんて殺伐とした雰囲気かと思いきや、代わる代わる先輩方が相手をしてくれたことを覚えています。最初の仕事は、各紙の地震報道の比較。エクセルかなにかで、各紙の温度感をまとめていました。
Yahoo!ニュースのトピックス(以下ヤフトピ)編集といえば、外からは花形部署のように見られますが、中はめちゃくちゃ泥臭いです。毎日ニュースとにらめっこしていました。本当にずっと勉強の日々で、24時間365日の戦いでした。
※こう書くと超ブラックっぽいですが、ちゃんと8時間のシフト制です。でもまあ、自分がシフトに入っていない時間もニュースは気になるもので、休みの日もわりとNHK見たり社内チャット見たりしてました。
元記者がほとんどを占める編集部で、報道のイロハを知らない新卒に「ヤフーのトップに載せるべきニュース」を教えるのは、めちゃくちゃ悩ましいことだったと思います。それでも、新卒で入社して第一線を張っている先輩もたくさんいたので、励みになりました。
「書類送検と送検は全然違うものだから、略しちゃだめ」「亡くなった人は呼び捨てずに、“さん”を付けて」。報道関係のみなさんにとっては当たり前なひとつひとつの表現やルールや仕組みを覚えながら、10カ月間みっちり修行をして、ヤフトピづくりの現場に出させてもらいました。
Yahoo!ニュース以外にも“ヤフーの編集者”はいるのですが、いずれも「ヤフーのトップに載せるべき」の価値判断を体得している人たちだと思います。そんな大層なことを……と思われるかもしれませんが、それだけ社会的インパクトを与える可能性の高い仕事でした。
自分が掲出した渾身のヤフトピが、翌朝のテレビのニュース番組で紹介されていたり。Twitterのトレンドに上がったり。世論が動くきっかけになったり。
社会の関心がリアルタイムに数値化される現場で、「どれをいつ、どのぐらい、どう出すべきか」を考え尽くしていました。
大先輩の退職エントリがちょっと前に話題になりましたが、ピヨピヨの新卒としては、こんなベテランに教われたことは本当に幸運だったなあと思います。
独り立ちした後、ヤフトピの作成本数は編集部で2位になりました(えへん)。超がむしゃらでした。最終的には4000本ぐらい作りました。
そのほか、Yahoo!ニュースのスポンサードコンテンツを編集したり(ナショクラ・省庁とともに記事広告をつくりました)、SNS運用したり(FB・TWで伸びるニュースの形を考えました)、イベント運営(Twitterトレンド3位までがんばりました…)したりと、自分の「できるゾーン」を広げていきました。いろんなことに興味のある私に、いろんなことを任せてくださったのは本当にありがたかったです。
「“価値判断”という、なんとも分かりにくいスキルだけじゃ不安です」
3年間で何を身に着けたか、といえば、一番は“価値判断”かなあと思います。
なんだそれと思われるでしょうが、ヤフーの編集者の間では特によく使われるワードで、「どれをいつ、どのぐらい、どう出すべきか」を判断できる能力を指します。
生命財産に関わるニュース、みんなの関心の高い事象。もちろん硬柔(政治経済から事件事故、海外ニュース、スポーツ、エンタメまで)どちらもカバーする判断を求められていました。
この判断スキルは業界内ではわりと重宝されているようでして、転職する人も同じインターネットニュース業界に行きがちです。
私はけっこう不安でした。価値判断ってコンテンツに携わる人間にとって超大事だけど、それって外には伝わりにくいスキルでは?私は価値判断を身に着けて、今後どうなればいいのかしら?
このモヤモヤの末に私は異動するのですが、このスキルはきっと一生使うんだろうなあとも思います。ヤフトピでの筋トレの成果は何年後、何十年後に効いてくるはず。きっと。
「永井さんはいい意味で、汎用性の高い組織人」
最後の半年間は、新規プラットフォーム事業の立ち上げ~運用構築に携わりました。編集職から離れて、ビジネス寄りの考えや設計をゴリゴリ進めていくのはめちゃくちゃに楽しかったです。
クリエイターを支援する事業だったのですが、「とにかく全員野球だぜ!」みたいなヤフーでなかなか見かけないアツいチームでした。ほんとうに最高でした。
インナー広報的な立場で情報発信したりイベント運営したり、事業がしっかり回るように運用設計したり、社内外でもりもり巻き込んだり。目まぐるしい半年間でした。
「永井さんはいい意味で、汎用性の高い組織人」。異動後に、上長から言われた言葉です。自分は編集者として生きていくしかないのかしら、と悩んでいた中だったので、とても嬉しかったです。3年間で、プロフェッショナルを目指す道は決めきれませんでした。
いいチームに恵まれたにもかかわらず志半ばで退職するのは、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。ごめんなさい。
退職の理由はいろいろとありますが、「やりたいことができそうな素敵な場所が見つかった」に尽きます(ヤフーでやれないことなんて無いとも思いますが)。
巷の噂どおり、ヤフーはとても働きやすい会社です。尊敬できる先輩もたくさんいました。いちから育ててくださって感謝の気持ちでいっぱいです。
3年間で好きなものがたくさんできました。たくさんの経験をさせてもらいました。
入社直後にリオ五輪特集にアサインされて、写真コンテンツだけで1億PVを目指せと言われた時は卒倒するかと思いましたが、あのときにスポーツの楽しさを教えてもらいました(達成した、がんばった)。痛ましい事件や事故が起きるたびに、どうニュースを届けるべきか悩んだのは本当にいい経験です。不倫報道が話題になった頃は、なぜ不倫を報じる必要があるのかいちから言語化したりして。大河や朝ドラが好きになったのもこの仕事のおかげです。
クリエイター支援事業では、さまざまな方にお会いしました(インスタグラマー、インフルエンサー、YouTuber、ブロガーetc)。ヤフーの立場を利用して、みなさんに出会えて、活動を支援できたのはとても嬉しかったです。今後はファンとして陰ながら応援させてください。
きれいにまとめると嘘っぽく見えるかもしれないので、ひとつだけ言うとすれば。
ヤフー全社からみて編集者の母数が少なすぎるゆえに、コンテンツを愛する人間としては難しい戦いが続くだろうなあ、と思っています。
お世話になったみなさまありがとうございました、またどこかで一緒にお仕事できたら嬉しいです。
5月からのお仕事についてはまたツイッターなどで報告させてください。
==キャリアの部分で補足==
新卒入社といいつつ、所属歴はLIG(インターン)→リクルートライフスタイル(契約社員)→ヤフー(正社員)です。LIGやリクルートで培った経験が活きる場面もありましたが、ほとんどは初めてやる仕事でした。
参考記事:
LIG、リクルートでも編集職だったので、おそらく社外の友人は、私のことを編集者だと思っている方も多いはず。ヤフーでも最後の半年間をのぞき、ずっと編集者でした。
編集者としてキャリアを伸ばしていくかはまだ決めきれていません。次の職場の肩書きも編集者ではないです。26歳のジョブチェンジ、どうぞ見守っていてください。