温泉に未来はないのかもしれない。自遊人8月号を読んで思ったこと


自遊人」8月号がとてもよかった。ひさしぶりに端から端までじっくり雑誌を読んだ。だからブログを書く。

 

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「新しい温泉宿」と題された今号は、「インバウンド(訪日外国人客)にとって温泉は重要じゃないから地域の期待は空振りする」「これまでの温泉旅館って料理おいしくない、泊食分離が進むのは仕方ない」と問題提起から始まり、新しい高級旅館、新しい宿の料理、新しい湯治場のアイディアを紹介している。

 

いまから10年前に約5万軒あった旅館は、4万軒にまで減っている。本誌は後継者不足、オンライン予約サービスの普及による価格競争、人手不足などで今後旅館は減少していく一方だと指摘。

そもそも訪日客は描いているように増えない可能性がある。たとえ日本に大量にやって来たとしても従来の温泉旅館は難しい。おいしくない料理を2食旅館で食べるより訪日客は街歩きをしたいし、源泉かけ流しだとか泉質だとか関係なく彼らはただ「温泉」を見たいだけだ――と語られている。

 

本誌に書かれていたこと。高級旅館、宿の料理、湯治場、温泉のこれから

 

本誌は「アマネム」「星のや東京」「THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 熱海」の覆面訪問記からはじまる。いずれも1泊10万円を余裕で超える高級旅館で、「このクオリティでは決して高くはない」と批評する。1室あたりの宿泊人数が変わったことで、高級旅館は1泊3~5万円が一般的とされた時代は終わったらしい。

 

それから「脱!旅館料理」と題した、料理にこだわる旅館の特集が続く。「今までの日本の例でいえばペンションの延長線上の施設がほとんどだった」オーベルジュの本格到来を示唆。紹介する旅館は1泊3~5万円の世界線へとうつりかわっていく。

 

新しい湯治宿のありかたを示す章では、別府の鉄輪温泉にある「柳屋」に14ページ割かれていた。湯治宿といえば自炊がイメージされがちだけど、ここもメインの描写は料理。マクロビオティックとか養生食とか、湯治場に似合うワードが連なっている。ここへきて価格帯が1泊1万円台になる。

 

本誌では、岩佐さん(自遊人編集長)と井門さん(旅館アナリスト)の対談が一番興味深かった。島根県の小さな温泉地の先進的な取り組みの頓挫。旅館の債務整理の変化。ネット予約による悪循環。旅館やビジネスホテルの淘汰。観光なんてしなくても生きていける社会。温泉は観光から日常の延長になるべき、品質に対してきちんと支払える旅行客になるべき。そういった未来が語られていた。

 

温泉を目当てに泊まるときは、たしかに料理諦めてる

 

正直なところ、読み終えて「全然マスに浸透しなさそうな価値観だなあ」と思ったのと同時に、「浸透しないと困るなあ」と思った。

 

泊食分離は自分の旅のスタイルにもよくあてはまる。私の旅は大体ビジネスホテルに泊まり、町の店でその土地の料理を食べ、行きたい温泉に日帰り入浴するといったものだ。もちろん目当ての温泉に一晩中浸かっていたいけれど、本誌で指摘している通り、温泉の良さと料理のおいしさを兼ねた旅館はほとんどないと思う。「町の店」すら無いような山の中の温泉旅館だと夕飯が一番苦痛だったりする。料理まじでおいしくないから。

 

前菜、さしみ、天ぷら、ステーキ、鍋、お米と盛りだくさんの夕食を出す温泉旅館がとにかく多い。様式美に近いけれど、私もあのスタイルは変えていいと思う。だけど多くの日本人にとってはあの重たい料理オンパレードがまさしく「旅館メシ」だし、食べすぎることを旅の思い出として求めている側面もあって、本誌のような価値観がすぐに定着するとは考えにくかった。

 

もちろん、どこの温泉地にもあるような1泊2食付き8000円の宿(※ホテルか旅館かという話は、客室が洋室か和室かぐらいの違いなので、いったん置いておく)もそれはそれで最適解で、小さなお子さんがいる家族には大変ありがたい存在だろう。

 

しかし1冊丸ごとで訴えているとおり、地域は、観光は、温泉は、変わらなくちゃいけないと思う。

 

私は泉質とか源泉かけ流しとかにうるさいタイプの旅行客で、山奥の一軒宿とか大好きだけれど、私のような旅行客が今後めちゃくちゃ増えるとはあまり思えないし、大好きな宿や温泉はどんどん無くなってしまうんだろうと半ば諦めていたりもする。無くなってほしくないのでお金を落としに訪れるけれど、ほとんどが「景気がいい」とは言えない雰囲気だ。

 

どう変わればいいか。

本誌でひとつアイディアとして挙げられていた「日常の延長」化はとても素敵だと思った。「有給休暇を温泉で過ごすために会社で出張旅費を出してあげればいい」「サテライトオフィスを作って休暇と仕事を兼ねて地方に滞在できるように」「温泉地を癒やしの場として、また第二の働き場として活用できるのでは」。会社を離れられない職種・仕事もあるだろうけれど、それはインターネットの力や働き方改革の云々でどうにかさせなくちゃいけない(別の)問題だろう。

 

旅行客としてわざわざ温泉地へ行くハードルはかなり高い。移動時間の拘束と交通費を考えたら、そりゃあやっぱり観光地やテーマパークに流れる。アクセスのよい温泉地なんてほとんどないので、車と縁遠い都民にとって温泉地はさらにハードルが上がる旅行先だと思う(だから箱根はずっとランキング1位なのだ)。だいたい1泊2日で温泉旅行をする人も多いだろう。連泊しないとむしろ疲れに行ってる気がする…とよぎることもあるのでは。

 

そういうしんどくて、慌ただしくて、胃もたれしてしまうような温泉旅行なら、やらないほうがいいこともある。ビールとピザとNetflixのほうがストレス解消になっちゃったりする。だから変わらなくちゃいけないな、と。

 

 

これまでも何度も自遊人を読む機会はあったけれど、なんだかすごく課題感を感じる号だった。私が旅行誌に目を通していたのは2年前(じゃらんで働いていたころ)だから、知らない間に何か変わったのかもしれないし、その時気づけていなかっただけかもしれない。

思いがけず、私がこよなく愛する温泉の未来を考える週末になった。今の、普段の仕事で活かせられたらいいんだけど。

 

 

※余談

 

対談の中で「夫婦共働きで年収1200万円程度の家庭って結構多い、そんな夫婦が年に一度の記念日に30万円かけるくらい、本当はなんてことはないはず」なんて台詞があった。母子世帯・高齢者世帯を除いて年収1200万円以上の世帯は日本で9.2%。その9.2%が変われば、日本の旅行消費は変わるんだっけ。マスの文脈とは異なるとわかっていながらも、この一言はやや違和感だったなあ。